はじめに
去る五月二六日に開催しました木材研修会「家をつくるとということ」について一部要約してみました。
講師の藤原智美氏は木材や家の専門家ではありませんが、家と家族について考えさせられる内容でした。
アラブのイエメンでは600年前からある日干しレンガ(60cm四方)による伝統建築の高層の街「シバーム」が世界遺産になっています。
伝統的な素材を使うとどうしても値段が高くなります。これは日本だけではなく、その街でも日干しレンガが高価なためコンクリートで建築される場合もあるそうです。しかし、それには問題はあります。イエメンはアラビア半島の南端に位置する国で暑さの厳しい国です。日干しレンガの家の中は涼しくエアコンの必要はありませんが、コンクリート建築ではエアコンがないと暑くて生活できなくなるそうです。また、日干しレンガの家は誰も住まなくなると元の砂に戻るので、産業廃棄物という言葉は全くいらないということです。
世界中でも近代に入り住宅はどんどん変化しましたが、特に日本の住宅は変わってしまいました。かつて、農家では住居の中に馬小屋があり土間がありそこでも農作業をおこなっていました。商店では住居と店が一緒で、子供も含めて家族で仕事をしていました。現在問題になっている「家族のコミュニケーションがなくなった」という必然性がなかったのです。
明治時代に家が住居専用になり、大正時代には廊下ができ個室がつくられました。 そして、戦後大きく変わり、ある建築家によって企画されたつまり新たに作り出された51C型(現在は○LDK)の家でフローリングのダイニングキッ
チンがあり2部屋くらいの畳の部屋がつくといったフォーマットの家が普及しました。ヨーロッパでは住宅の伝統がそれほど壊れていません。彼らは元々そこに住んでいて、少しずつ変えてきたにすぎません。しかし、今の日本人は伝統的住
宅ではなく新たに作り出された住宅に住んでいるので伝統という価値観がなくなっていると。
したがってすぐに新しいものを抵抗無く取り入れてしまうのです。(例:ウォシュレット)
家族の住むパターンがあるにも関わらずLDKをなんとなく施工してもよいのだろうか。家の発想の原点に箱を発想す るからおかしいのであって原点は中身の家族だと。
おわりに
今、日本はなりふり構わず突き進んできた経済成長期を終えそのツケが回ってきているように思います。使い捨て社会では伝統文化がどんどん失われてしまいます。家も同様で伝統的住宅が失われてしまっています。 藤原氏の講演を聴き、その地域でもっとも適応した家は、長い年月かかってできあがった伝統的構法を用い、その地域の素材を使うことだと再認識しました。よくヨーロッパと比較しますが、やはりあのすばらしい街並みは伝統を重んじるところにあるのではないでしょうか。
※今回の研修会では、紹介した内容より「家と家族の関わり」についての内容が主であったと思います。大変申し訳ありまんせんがその部分は今回割愛させて頂きました。
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